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UPDATE:2015.5.25

業界著名人がアニメ作品をオススメ!

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原作者の「道具」に徹した画づくり
――具体的な画づくりについても、お聞きしたいと思います。アニメーションという「動く絵」にしていくのは、どう考えられましたか。
杉浦さんの原作自体が、僕の中ではもう映像になっているわけなんです。それをなるべくそのままアニメーションにしていくことを、一番大事にしてつくりました。
――読んでいるときから間合いや空気感もつかみながら読まれたと。
原作にあるエピソードに関しては、コマ割りをそのままカット割りにしたり、セリフを一字一句変えずにやったりしていますね。
――最初の方の龍が降りてくるシーンや、手や首が伸びる小夜衣のくだりなどは、「やはり映像ならではだな」という迫力がありしました。手応えはいかがでしょう。
ありますね、今回は本当に。僕が強く意識したのは、「杉浦さんのいい道具にならないといけない」ということ。いいノコギリだったり、いいノミだったり、いいカンナだったり。そういう意識が強かったんです。終わってみて、「いい道具になれたんじゃないかな」と思っています、いま。
――なぜ「道具」なんですか?
映画だから、もっといじることもできたわけですよ、原作を変えることもできたし。ただそんなことは、この『百日紅』に関してはまったくする必要はないと思っていたので、そのためにはやっぱり「道具」に徹するということです。
――先ほど「アーティスト」というお話も出ましたが、お栄や北斎の描くアートも映像の中で表現する必要がありますよね。たとえば龍の絵にしても「らしく」見せなければならない。その辺は、どんな感じで対処されましたか?
杉浦さんが描かれている絵に関しては、原作に忠実にしました。それ以外で北斎やお栄が描いている絵は、北斎の描いたものなどを参考に、「ここではこういう絵を描いている」というのを決めていった感じです。
――それは、それとも現存しているものから決められたんですか?
それをもとに、筆で絵を描きました。今回は「筆作画」という専門の人(五十嵐祐貴氏)に頼んでいます。
――その「筆作画」というのは、原画を筆で描くということですか。
いや、原画は鉛筆で描きます。それをその人に渡して、その輪郭線をもとに墨で描いてもらうという。
――そういう場合、動画の中割りはどうなるんですか。
いや、中割りはしてないんですよ。「なめ出し(ワイプの別称)」という手法で、完成した絵があって、それを消していくんです。
――セルアニメ時代にやってた消し込みと同じですか(絵の具の線を1コマずつ削っていくのを逆回転撮影すると、出てくるように見える)。
そうそう。完成形から消していって逆にすると、筆で描いたように見える。それ以外にも「筆で動かした」という場面もあります。鬼がしゃれこうべが付いた木を揺すっているとか、巨大な阿弥陀が出てくるところなんかは、鉛筆で描いたものをもとに全部墨で描き起こしてもらったというやり方です。
「ロックな時代劇」として万人が楽しめる映画に
――他に「アニメにすること」を意識されたのは、どんなところでしょうか。
ポスターやチラシにもなっている、北斎の波を動かしたのは、海外にもセールスすることをちょっと意識しています。一番有名な絵ですからね、北斎の。松本憲生さんという『カラフル』で初めてお会いしたアニメーターが担当です。
――『NARUTO』や『ノエイン もうひとりの君へ』で著名な方ですね。確かに北斎の波は「これが日本のアニメのルーツ」と言ってもおかしくないぐらい大事な絵です。
あとは終盤お猶のもとへお栄が走っていくところ。いわゆる背動(背景動画)という、バックもキャラもセルでいっしょに動かす手法なんですけど、もう今となっては主流の手法ではないわけですよ。3DCGでカメラワークをつくり、そこに手描きのキャラクターをハメるというやり方になると思うんです。でも、あえて背景動画にしたいと思った。それで、無理を言って描いてもらったんです。
――それは背景も線のある絵にしたかったから?
やっぱりその方がふさわしいと思ったんですよね、あのシーンは。なんか伝わるものが違うような気がしたんです。背景動画って見る人の心を、ザワつかせるような力があるんじゃないかと思ったので。
――確かに人間の手で1コマずつ線を引いて動かしているわけですからね。
そうそう。だからワンカットを最初から最後まで、一人で描くしかないんです。分担できない。僕は僕で絵コンテを描きながら、「これって、いったい誰が描いてくれるのかな」なんて。
――それくらいカロリーが高いわけですね(笑)
「いまどき描ける人がいるのだろうか」と思いましたけど、とりあえず思いついちゃったから、絵コンテをとにかく描いて。後は、「さあ、制作(作画の手配)どうするんだ、このカット」って(笑)。
――どなたのご担当ですか?
カラフル』で作画監督をやってくれた佐藤雅弘くんです。それはもう見事な背動になりました。本当に感謝しています。
――Production I.Gは初めての現場だったと思いますが、今回組まれたスタッフの方々はどうですか。
みんな素晴らしい人たちばかりでしたね、人格的にも腕も。特に井上俊之さん(原画)とは初めてだったんですけど、本当に聞きしにまさる上手さとスピードと両方を兼ね備えた、まさに日本のアニメーション界の宝みたいな人だなと思いました。
――どの辺を担当されたんですか?
冒頭の橋の上のズームバックのシーンとか、お猶と少年が雪で遊ぶところとか、火事のシーン、お栄が歌舞伎の木札を捨てるシーンとか。とにかく、どんなシーンをやってもハマるんですよ。
――着物の作画は非常に難しいと、よく聞きますね。
普段日常的に着ているわけじゃないので、みんな苦労したでしょう。特に板津さんは個人的にも動きの所作とかそういうものを、だいぶ研究をしていたようです。
――それは何かモデルを使って?
呉服屋さんに勤めている制作の知り合いの方に和服を着てもらい、「こんなポーズを取ってください」とか「こんなふうに動いてください」と言って、アニメーターたちがみんなで写真を撮ったり。そういうことはしました。
――シワの寄り方とか、まるで違うと聞きますね。材質から重ね着したときの感じ、足の運びとかも全然変わってしまう。
そのあたりは、アニメーターさんたちがみんなちゃんと描いてくれたおかげで成立できたと思います。
――そうして完成した作品をご覧になってのご感想は、いかがでしょうか。
うん、大満足しています。亡くなった杉浦さんに対しても、お客さんに対しても、自信をもって観てもらえる作品になったと思っています。おそらく今のアニメーションに見慣れた人にも、ものすごく新鮮な画がたくさんあると思うんです。時代劇ということで敬遠する方がいるかもしれないんですけれど、これは「ロックな時代劇」なので(笑)。若いアニメーション好きな方にも、自信をもって観てもらえるものになったと思っています。
――力強いですね。それぐらい手応えも……。
あります。
――多方面にわたってうかがってきましたが、本作を通じて原監督がもっとも描きたかったこととは何でしょうか。
やはり一番意識したのは人間ドラマですね。今回海外への配給というのも最初から目指していたので、副題に「Miss HOKUSAI」というちょっと強いワードが入っていますが、海外に対しても人間描写の部分は万国共通だと思っていますから。
――それは、時代が違っても人は同じということですよね。生きて、死んで、喜んで、怒ったりするってことは変わらない。
そうそう、そして日々が続いていくと。
――原さんの作品歴の中でも、かなり大きい、人生が丸ごと入っている感じの映画になったと思います。
そうですね。何よりも杉浦日向子さんの原作を初めてアニメーションで映像化できるということ。それを僕が最初に監督できたということ。それが僕にとっては、ものすごく名誉なことなんです。
――多くの方に観ていただきたいですね。ありがとうございました。
※月刊アニメージュ6月号(5月9日売り)掲載 原恵一監督インタビュー「江戸時代はロックだ!」用の取材をベースにしています(原稿は別テキストです)。


PROFILE
原恵一(はら・けいいち)
1959年生、群馬県出身。PR映画制作会社を経て、1982年シンエイ動画に入社。1983年に『ドラえもん』(79)で演出デビューし、『エスパー魔美』(87)でチーフディレクターを担当。『クレヨンしんちゃん』(92)にコンテ・演出として参加し、96年より本郷みつるから監督を引き継ぎ、2004年まで務める。映画『クレヨンしんちゃん』シリーズでは6本の監督を手がけ、『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(01)は大きな話題に。『同 アッパレ!戦国大合戦』(02)は文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞を受賞し、2009年に山崎貴監督で『BALLAD 名もなき恋のうた』として実写リメイク化。『河童のクゥと夏休み』(07)では長年の企画を長編映画化し、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門大賞他、数々の賞を受賞。直木賞作家・森絵都の児童文学を原作とした『カラフル』(10)は、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門優秀賞、アヌシー国際アニメーション映画祭 長編作品特別賞&観客賞を受賞。2013年の『はじまりのみち』では初の実写映画を監督。現在公開中の最新作『百日紅 ~Miss HOKUSAI~』(15)は、5年ぶりの長編アニメ映画として大きな注目を集めている。


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