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UPDATE:2015.8.28

業界著名人がアニメ作品をオススメ!

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フランスで楽しんだ日本製アニメの原体験
――ロマン・トマさんは日本のアニメが大好きで、クリエイターとなった現在では日本でお仕事をされています。フランスではどんな作品をご覧になっていたのでしょうか。
ロマン
子どものころの1980年代は、フランスで日本のアニメ作品をたくさん放送していました。フランスのTV局はまだアニメを制作していなかったので、アメリカのカートゥーンと日本のアニメしかなかったんです。ただ、フランス語で吹き替えされていたので、日本製とは意識していませんでした。いちばん熱心に観たのはおそらく『UFOロボ グレンダイザー』で、6歳のときにものすごく気に入って、ロボットを描き始めたことを覚えています。
――フランスでの題名は『ゴルドラック』で、日本の雑誌でも「フランスでは視聴率100%」などと書かれていますが、これはどの程度ホントなんですか。
ロマン
実はそのころって、TV局が3つしかなかったんですよ(笑)。とにかく大人気だったのは間違いないです。アニメをたくさん観たのは6歳から12歳ぐらいで、『聖闘士星矢』、『ドラゴンボール』、『キャプテン翼』などをよく観ていて、『Albator』というタイトルだった『(宇宙海賊)キャプテンハーロック』も好きでしたし、日常的な作品も『めぞん一刻』が『Juliette je t'aime』として放送されていて。ところが『北斗の拳』が暴力的すぎて問題になり、日本製アニメは一度放送中止になって、その後の90年代にはフランス製のTVアニメ作品に置き換わっていったんです。これは僕の世代の共通体験だと思うんですが、いま30代後半から40代ぐらいのフランス人たちは、みんな日本のアニメが大好きなはずですよ。
――1991年にスイスに出張したとき、フランスの『クラブ・ドロテ』というTVのバラエティ番組を見て、その中で日本のアニメがフランスに大量輸出されているのを知りました。雑誌にしたものも買って、『ドラゴンボール』から『さすがの猿飛』まであって驚きましたが、その番組のことですか?
ロマン
そうですそうです。あれはドロテという女優の大きい番組枠で、芸能人みたいなグループが出て歌ったり、漫才とお笑いみたいなコーナーがあったり。その中で日本のアニメをたくさん放送していたんです。スーパー戦隊などの特撮番組もありました。
――『超電子バイオマン』が人気だったと聞いています。出渕裕さんが敵側をデザインした作品の。
ロマン
そうです、『バイオマン』から始まったもので、フランスでは混乱を避けるために、その後の『チェンジマン』や『フラッシュマン』も『バイオマン2』『バイオマン3』という題名で続けていました(笑)。
――『パワーレンジャー』も似たようなものですから、仕方ないですね(笑)。
ロマン
しばらく日本のアニメも放送されなくなって、僕はゲームの方にハマってました。『ファイナルファンタジー』などRPGをやりましたが、それも日本の作品とは知らずにやっていましたね。その影響もすごく受けています。マンガはそれほど詳しくないですが、大友克洋さんの『AKIRA』には刺激を受けました。最初に出版されたのはフルカラーなので、たぶんアメリカバージョンですね。
――アメリカでコンピュータ着色した国際版ですね。
ロマン
それで僕は絵を描くのが好きになったので、そういう仕事をやれたらいいなと、自分でマンガを描き始めてみました。大学に通って物理を勉強していましたが、そこを辞めてキャリアとして好きなことをやろうと。そのころイェットマン・エッフェル・サヴァンさんという若いライター、プロデューサーと出会いました。『オーバン・スターレーサーズ』の原作者ですね。彼がフランスのアニメ業界を紹介してくれて、そのプロジェクトのためのデザイン作業を始めたのが、19歳のときです。僕は家でひとりでマンガ描くのが苦手でしたが、アニメーションの良いところはチームワークです。いろんな人と打ち合わせしてどんどんアイデアを集めてつくるのが楽しくなり、ゴブランというフランスで歴史のあるアニメーション専門学校にも入りました。
――アメリカのカルアーツ(カリフォルニア芸術大学)と並ぶ世界的な学校ですね。
ロマン
入学したのは1998年で、そのころ『新世紀エヴァンゲリオン』(95)や『COWBOY BEBOP』(98)など、日本でヒットした素晴らしいアニメ作品がVHSで出始めました。『カードキャプターさくら』(98)も良かったし、印象的だったのは『Serial experiments lain』(98)です。
――日本で放送されてから、すぐに輸出された感じです。
ロマン
劇場でも日本のアニメ映画を上映し始めて、最初に観たジブリ作品は『紅の豚』(92)です。吹き替えはジャン・レノ、『レオン』というリュック・ベッソン作品の有名な俳優で、ものすごく良かったです。それと『火垂るの墓』(88)が、すばらしかった。日本人は、こんなに泣けるアニメーション映画がつくれるんだと、ものすごくビックリしました。どんな実写映画でも、あそこまでは感動できない。僕の中で「日本に行けたらいいな、仕事できたら」という考えが出始めたのは、そのころです。
――日本の作品の、どんなところが魅力的でしたか?
ロマン
もともと僕はキャラクターやプロットよりも、映画の雰囲気、世界観が好きな方でした。実際にいま起きてる事件よりも、全体の雰囲気を大事に思っているんです。『(GHOST IN THE SHELL)攻殻機動隊』(95)がすごかったのはそこで、香港のシーンは音楽が流れて素晴らしい背景が映し出されて、大好きでしたね。
――ゴブランでもアニメーション教育を受けられていたわけですが。
ロマン
でも、教えられるのはディズニーに近い感じ、いわゆるフルアニメーション的なものですから、僕は苦手でした(笑)。日本のアニメーションが大好きなゴブランの同級生が何人かいて、よくVHSでいっしょに観ました。たとえば大友克洋さんの『MEMORIES』(95)では『Magnetic Rose』(『彼女の想いで』:森本晃司監督)が素晴らしかったです。森本晃司さんはミュージックビデオも観ましたし、Production I.Gの『人狼 JIN-ROH』(00)のようなリアル系の作品や、ガイナックスのちょっと変わった『フリクリ』(00)も好きでした。そのころ観たアニメはどれも実験的で特徴ある世界観が描かれてて、ものすごく大きな影響を受けています。
フランスから作品を持って日本へ制作に
――日本に来られたのはその後、2000年代初頭ぐらいでしょうか?
ロマン
フランスで『オーバン・スターレーサーズ』の企画(詳細は画集に収録)を7年間かけてデザインやストーリーを考えていましたが、バンダイビジュアルのプロデューサーのおかげで制作が決まり、それで日本に来たんです。それが2004年です。それ以降は……実は日本のアニメはもちろん大好きですけど、あまり熱心には観なくなりました。自分の作品に一生懸命力を入れて、毎日がんばりましたから。家に帰っても疲れているし、背景や作画のクオリティに注目したり、コマ送りして細かいところを確かめたりしていると、素直に楽しめない気がして。それに素晴らしい作品だと嬉しいと同時に「あそこまでがんばらないと負けるのか」みたいな気持ちになり、プレッシャーを感じるんです。今では子どもがいるので、ときどきいっしょに観たりしていますが。
――『オーバン・スターレーサーズ』以前に、日本に来られた経験は?
ロマン
最初はその前の年、25歳のときに2週間ぐらいの観光で来ています。
――日本の第一印象は?
ロマン
夏だったので、メチャクチャ蒸し暑くてビックリしました。飛行機から降りたときには「エンジンの後ろ側にいるからかな?」と思ったくらいで(笑)。それと7時になると暗くなること。フランスでは陽が沈むのが遅く、10時までは明るいんです。そしてとにかく人がいっぱいいる。上野駅に夜の7時ぐらいに降りたらラッシュアワーで、すごく賑やかで楽かったです。すぐ京都に行きましたが、そこでもまたすごく暑くて。
――京都はまた印象が違ったのでは?
ロマン
違いますね。自分にとって京都は、古い街並みの匂いが特別でした。木でできている建物のせいか、ものすごく好きな匂いでしたが、一度しか行っていないです。とにかく東京はものすごく好きな街です。いつでもどこでも人がいて、コンビニがあって便利だし、お店もどの時間でも食事ができる。住んでいたパリの郊外は落ち着いている感じですけど、車がないと不便でした。東京はすごくエキサイティング。アニメの業界もそうです。いろんなスタッフがいて、素晴らしい監督たち、アニメーターたちがいて、いつもいろんな作品をつくっている。もちろんフランスにも才能がある人はいますが、業界がそれほど大きくないんです。それで『オーバン・スターレーサーズ』の後、フランスに戻らなかったんです。
――制作はどれくらいかかりましたか?
ロマン
2年半ですね。きれいに丁寧につくったので、普通のTVアニメの倍ぐらいかかったと思います。日本とフランスの合作で、企画と原作はフランスのチームです。シナリオは全部エッフェルさんが書いて、共同監督の僕はイメージボードとデザインの担当。それを日本のスタッフに渡し、打ち合わせしてコンテを描いてもらい、後は演出です。作画は日本側でつくり、僕がフランスのパリにあったCGスタジオに指示を出していました。
――手応えは、どうだったでしょうか。
ロマン
世界中で放送されて、大人気になって嬉しかったです。日本と同じで1話完結ではなくシリーズでつくったので、海外ではこういう作品が珍しかったんですね。ものすごく評判になり続編をつくるチャンスもあったんですけど、2クールしかつくらなかったんです。そもそもちゃんと終わりのあるお話だし、エッフェルさんと僕はフランスで企画をつくりはじめてから、日本で制作が終わるまでで既に10年くらい経っていたので、さすがに疲れていて「それよりは違うことをやりましょう」と決断しました。同じころに僕も日本人の方と結婚したし、日本の業界にいろんな友だちもつくれたし、僕のやった仕事も業界の方に評価してもらえて、求められてもいたので、「これなら日本のアニメ業界で活躍できるんじゃないかな」と思って残りました。
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