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UPDATE:2017.5.2

業界著名人がアニメ作品をオススメ!

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熱意で実現した『シドニアの騎士』のアニメ化
――いろんなきっかけとなった『シドニアの騎士』のことも聞きたいです。放映のだいぶ前からご準備されていたのでしょうか。
瀬下
僕がこのスタジオに入って7年経ちます。塩田周三(ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役社長)が同い年で、このスタジオにクリエイティブを確立したいと言われて移籍しました。当時のポリゴンはファクトリーとしてはすごい勢いがあり、海外向けのアニメ仕事をどんどん取ってきて成功させていたんです。塩田は、それだけだと将来性が不透明なので、クリエイティブを強化してライツを開発していきたいと。すごい先見性ですよね。それで前のスタジオから僕と現在のプリプロチームの主要メンバが移籍して、エグゼクティブプロデューサーの守屋と講談社に企画書を持って行ったのが2011年頃です。当時はスタジオ自体が日本のアニメ業界では新参ですから、先方には当然不信もあったと思いますが、キングレコードの中西(豪)プロデューサーが積極的に動いてくださり、実現に向かっていきました。
――原作サイドとはどんな感じで進めていかれましたか?
瀬下
弐瓶先生とお会いしたのは2012年の夏頃だった記憶です。それまで僕はゲームムービーの受注制作などを手がけながら、片塰(満則)さん(造形監督)と田中直哉さん(プロダクションデザイナー)、このスタジオジブリ出身のお二人と一緒にランチタイムに設定画を毎日描きまくり、それが溜まって気づいたら数百枚にもなっていたんです。それを弐瓶さんと初対面の際にお見せしたら、「まだOKもしてないのにこんなに描くなんて」と呆れられて(笑)、それで一気に仲良くなり、本格的に動き始めたんですね。
――瀬下さんにそこまでさせる『シドニアの騎士』という原作の魅力は?
瀬下
BLAME!』で実証済みの弐瓶先生による壮大な世界観ですね。『BLAME!』原作は前のページでキャラのアップショット、次のページをめくると広い世界がパーン!と開けたりするんですが、よーく観るとそこに前ページのキャラが豆粒のように立ってたり(笑)。まったくユーザーフレンドリではなく(笑)、行間を読み解くのが大変なんですが、それらを理解して脳内で世界観を感じ取れた瞬間、とんでもなく面白くなります。『シドニアの騎士』では、原作そのものがアニメのようなタッチや色調になっていて、ものすごくポップな感じに変化していました。加えて、あの弐瓶イズムはしっかり残っている。この猛烈に魅力的で箱庭的な世界観をアニメにして動かせば、僕らの考える3DCGの空間性の魅力と響き合うのではないかと考えたわけです。
――やはりCGとの親和性ありきなんですね。
瀬下
まさに親和性を考えて勝算があるからこそ、企画書にして持っていきました。実際、ハードSFではない『亜人』のほうが大変でした。キャラは普通の服を着て、日常生活をして、ロードムービーで舞台も次々に移っていく。でもシドニアは閉鎖空間で、制服を着て、相似形のロボットが何百機と登場する。これはCG向きだと思ったんですね。ちなみに、シドニアではスタッフ皆と自主制作をやってるみたいで、もちろん締め切りは大変でしたが、非常に楽しい時間を過ごさせてもらいました。『BLAME!』のノリはここから始まってます(笑)いまさらですが、日本のアニメっていいですね(笑)。
――それはどんな部分で?
瀬下
バリエーションですね。ゲームや実写映画、コマーシャルなどでCGを20年以上経験し、このスタジオに移籍してからもう7年経ちましたが、改めてアニメにすごくハマっています。日本のアニメにはとにかく多種多様な作品が膨大にあります。規制やコンプライアンスが当然あるにせよ、世界でも類をみないほど発想が豊かだなと感じてて、仕事がますます楽しくなっています。
――バリエーションという意味では『シドニア』は複合してますよね。ああいうハードな世界観でありながら、ロボットアクションや学園ラブコメの要素もはいってて。
瀬下
企画段階から「ハードSFの皮をかぶった学園ラブコメ」としていました(笑)。シリアスに血が出たり撃たれたり死んだりしますが、ちゃんとラブコメとしてとらえてくださいって、熱弁ふるいたくなるくらい感動系ラブコメなんです。
――生命のかかったラブコメというわけですね。
瀬下
企画当時、どんなに受験戦争で苦しくても、ましてや生命をかけた戦争をしてたとしても、ラブコメはあるはずだと、「光の速度は不変である」みたいな仮定から始めました(笑)。そのコンセプトに共感してくれた方が大勢いらっしゃったのではと思います。話は飛ぶかも知れませんが「どんな極限状態でも、日常生活とラブコメはある」というのは、最近、片渕(須直)監督の『この世界の片隅に』を観たときに「これだ!」と思いました。あの作品を、心の底から尊敬しています。「シドニア」と比べるのは片渕監督に失礼かもしれませんが、「どんな極限状態でもラブコメはきっとある」という思想の点では同じなんじゃないかと(笑)
――特に瀬下さんが監督された2期ですよね。つむぎのラブコメは、毎回のように大笑いして観てました。
瀬下
ラブコメは種族をどこまで越えられるかっていう、究極の愛の形なんですね(笑)。弐瓶先生の原作にも「…身長差だってたったの15メートルだ!…」って、日本の漫画史に残る名台詞があって、『シドニア』は楽しいテーマがいっぱいある作品になりました。
――そもそも1期の第1話から「更衣室をのぞき見してキャー!」ですし。
瀬下
まんま80年代ラブコメで恐縮ですけど(笑)。
――あと額を打ったり飛び降りたり、痛みがよく描けていたので感心しました。
瀬下
「CGに苦手なもの」イコール「僕らのめざすもの」なんですが、それはまさに日常生活にあるものなんです。僕の好きな児童文学に「大草原の小さな家」という作品があって、爆発とか銃で撃たれるとか非日常的な事件は何も起きないんですが、暮らし全体が感動に満ちあふれている。でも、そういう作品ってCGではまだちょっと無理なんですね。その難しさはこの20年間、変わっていません。たとえばロン毛のお姉さんがシャワーを浴びて、頭をガシガシやってその日のストレスを洗い流し、「ああっ、イライラする」なんてつぶやきながら出てきて、ロクにタオルでふきもせず、しずくがポタポタたれてる状態で、「もう脂っこいラーメン食べてストレス解消!」って、具だくさんのつゆだくラーメンをモリモリ食べてるのが、とにかく美味しそうに見える、なんてシーンは……不可能(笑)。
 CG業界に多少でも関わっている人間なら、これをやれと言われた瞬間、凍りつきます。もしこの場面を5分作るとしたら、それがシリーズ全体の予算みたいになるかもです(笑)。そういう意味では手描きのアニメのすごさって、豊かな生活が描けることなんですね。CGはドンパチやったり、ドカーンって爆発したり、とてつもない大穴が2キロ先まで空いてしまうってのなら、なんとかなる。でも自分たちの目標としては、CGをコツコツがんばって進化させて、日常の中にひそむ感動をいつか描けるようになりたいなって、そう思っています。
――難しいのはシズル感ということですか?
瀬下
あらゆることです。美味しそうに見えること、それ自体がもう高いハードルです。ハイジチーズとかラピュタパンとか、ポニョラーメンとか、ああいう美味しく見える感覚って意外なほどまだ無理(笑)。CGで作り込むと単純な情報量は増やせますが、作り込むほどに食品サンプルになっていきます。むしろ、中途半端にリアルなほうが、違和感が強くなって気持ち悪い。むしろ、どんなに省略されていても、美味しく見える手描きのほうがすごいと思うんですね。ハウルベーコンとか異様に食べたくなりますよね。まだCGではハードルが高いですが、いつかあれをやりたいんです。
――ということは、『シドニア』で痛いとか食べ物とかは、あえてやってたんですね。
瀬下
まさにあれはチャレンジですし、視聴者の皆さんからの厳しいお言葉は真摯に受け止めました。ツイッターで「おにぎり、まずそう」って言われたら、スタッフ一同、クーーッ(泣)となるわけです(笑)。悔しいのも手伝って、「美味しそうなおにぎり目指しましょう!」って、原作にも頻繁に出てくることもあって、アニメでも徹底しておにぎりを出しました。あと、長道(ナガテ)がシドニアを守る義務を艦長に語るシーンでは、「こんなに美味しいものがいっぱいあって…」って言うんですが、戦う理由として、食べられる事って、とても大事って意識があります。
――食べるという点では2期の最終回、お米もらって最初に戻って終わりますよね。あそこで感動しました。
瀬下
あれはアニメのオリジナルストーリーなんです。僕自身が神話論に傾倒しているので、関わってる作品が神話論的構造に行ってしまうとこがあって。
――ジョーゼフ・キャンベル(『スター・ウォーズ』に影響をあたえたとされる「千の顔をもつ英雄」の著者)のことですか?
瀬下
キャンベルにも、ものすごく影響受けてます。特に「回帰する」という構造です。地下にいた孤児の少年が外の世界に出て、葛藤の末に仲間をつくり、そして故郷に戻る。この構造に、あこがれがあるんですね。1期の制作会議のとき、まだ2期が決まっていないのに「長道は故郷に里帰りさせよう」と盛り上がってしまって。あげく、プロデューサーの守屋が「よし、最後に1期のオープニング曲かけよう!」って、昭和のアニメの匂いがするノリになりました(笑)。作ってる僕ら自身も胸熱状態でした。
――同時に完璧に終了した感じも出たので、「あれ、この先って?」と……。
瀬下
海外からも頻繁に3期の問い合わせがあるくらいですが、あれ以来、すごく答えづらくなりましたね(笑)。でも、いつかやりたいです。もし『BLAME!』がものすごく盛り上がったりしたら、早めにシドニアに行けるかもしれません。皆さんぜひ応援してください。
3DCGのブレイクスルーをめざして
――『シドニアの騎士』1期は『名探偵コナン』の映画を興行収入60億円台に乗せたヒットメーカー静野孔文さんが監督でした。瀬下さんとの分担は、どう決められていたのでしょうか。
瀬下
静野さんとは『シドニア』が初対面で、1期のとき僕は副監督でしたが、ものすごくウマが合いました。僕の役割としては世界観設定や場面設計、戦闘シーンの演出などは強めに関わらせてもらいました。静野監督はともかく作品をポップにする天才なんです。マニアックな部分が多い作品ですが、静野さんが監督することで非常にポップで分かりやすいエッセンスに満ちあふれましたね。あの手腕は、心から尊敬しています。それと編集感覚が近い。個人的な考えですが、ディレクター同士って性格よりも、時間感覚の不一致がケンカになりやすいと思っています(笑)
――それは生理的な感覚ということでしょうか?
瀬下
そうですね。生理的な感覚やリズム感、特に編集のリズムがものすごく合います。グーーッとタメてドーンとくる、波みたいなリズムのとり方、気持ち良さ。静野さんはそれがすばらしいんです。
――映画は音楽と同じ時間芸術ですから、大事なところですね。
瀬下
すごく大事です。僕自身、編集工程をすごく重要に扱います。余尺と言って、工程のある段階では3分オーバーくらいで作っておいて、編集段階でタイムリマップという、キーフレームを打ってカット中の速度を変える技術を多用して追い込む。編集段階で、タイミング、スピード感、色調なども仕上げます。編集で追い込むやり方や思想も、静野さんと僕は似ていると思います。
――手描きアニメはどうしても描いた人を尊重してむやみに切れないので、その辺はCGの利点かもしれませんね。
瀬下
歴史的経緯から言えば、3DCGはスタジオ撮影のシミュレーションが設計思想の根幹にあるんです。僕らはそこからの出自ですので、3DCGは画を描く装置というより、バーチャルなスタジオで撮影する装置であって、それを編集して映像が出来上がるという思想なのは自然な事なのです。
――先ほど話題に出た宮崎駿さんは、監督の頭脳が立体空間の全体を押さえて、なおかつ個別の画をつくれるんですよね。それは「頭にCADがある」ということに近いと常々思っています。
瀬下
彼ら天才の頭の中にはっきりと立体空間が存在している事を、強く感じ取れます。
――自分がいま一番関心があるのは、3DCGが未開の領域を開拓していることですね。2Dのアニメはすでに百年経ってますから、できることにも限界があると思うんです。でも、始まって間もない3Dには、伸びしろがまだまだある。前に観たことないものが観られる楽しさ、そこに可能性を見ているんです。
瀬下
嬉しいですね。もっともっと盛り上がってもらい、もっといろんな表現、いろんなストーリーテリングに挑戦したいです。たとえば「CGでグルメもの」とか。いまもし僕が企画書を出したら、「ダメダメ。ないない」って速攻ゴミ箱に行くぐらい難易度が高いものですが(笑)。やはりそういう挑戦をやってみたいですね。
――フード理論(「ゴロツキはいつも食卓を襲う」福田里香著)の本があって、映画の善し悪しは食べ物の描き方で分かるというくらいなので、それは大事ですよ。
瀬下
あとはファッション。CGで衣食住の話をつくりたいんです。
――まさにブレイクスルーのあり得る分野だと思います。
瀬下
他にはスポーツものですね。格闘とか団体競技的なものとか。競技ものをすごくやりたいです。営業みたいになってしまいましたが(笑)、ぜひよろしくお願いします。とにかくチャレンジは衣食住。服飾分野で、ものすごい服をつくっていく女の子が主人公とか、着替えのバリエーション満載で(笑)いつか、ぜひやってみたいです。
――最後に『シドニアの騎士』をこれからご覧になる方へ、みどころやオススメがあれば、お願いします。
瀬下
初めて見る方にとっては、ハードSFとラブコメが融合した独特な世界観を素直に楽しんでほしいですし、既にご覧いただいている方には、テレビや映画で1回観ただけでは気づかないディテールが、作中にいっぱい入っていることですね。それを探してもらうと面白いと思います。いわゆる仕込みがいっぱい入っているので、ロールプレイング的、クエスト的な、「えっ、ここにこんなの仕込んであったのか」と発見する、そんな楽しみ方もあるかなと。
――何周観ても面白い作品にしてあるということですか?
瀬下
ええ、まさに配信向きの作品としています。何度も何度も繰りかえし観て発見してほしいです。たとえば主人公に匹敵するくらい生存率の高いモブを仕込んでいます。すでに一部のファンは気づいていて「最強モブ」とか言われているパイロットがいるんですね。通信で出る彼のアイコンの髪型が微妙に変わったりもします(笑)。そうやって僕が意識的に仕込んだものだけじゃなく、僕も気づかないうちにスタッフが勝手に仕込んでいるものもあったりします。締め切り大変なはずのに、ブチこんでくる(笑)。それに気づいたときの「あっ、やられた!」って楽しい感じを、観客のみなさんも味わってもらえると、また違ったゲーム的な楽しみが見つかると思います。『シドニア』はそんな楽しみの集大成ですから、是非一緒に深いところで楽しんでいただければと思いますね。
――作品の楽しさの原点が分かって良かったです。ありがとうございました。


PROFILE
瀬下寛之(せした・ひろゆき)
1967年、東京都生まれ。1989年から、映画、TVCM、ゲーム映像など多彩な分野でCG、VFXを担当。2001年の映画『ファイナルファンタジー』(監督:坂口博信、榊原幹典)のアートディレクター、同シリーズのゲームムービーでデザイナー、VFXスーパーバイザーを歴任する。松本人志監督の映画『大日本人』(07)、『しんぼる』(09)ではVFX監督を担当。2010年以後はポリゴン・ピクチュアズの3DCGアニメ作品を手がけ、『シドニアの騎士』(14)の副監督、『シドニアの騎士 第九惑星戦役』(15)の監督、『亜人』(15)の総監督、『BLAME!』(17)の監督。現在は新作アニメ映画『GODZILLA -怪獣惑星-』(2017年11月公開予定)を静野孔文と共同監督中。


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