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海で穫れた魚介類、大地から生える植物など、大自然からとれたものを食べる
行為はタケルとビスにとって驚きの連続だ。月では工場で作られた食品しか食
べられなかったからである。 |
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毎年村を襲うハリケーンの暴風雨から避難するための場所。巨大なキャタピラ
や鉄骨などがあり、実はロケットを発射台まで運搬するクローラーであったよ
うだ。 |
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タケルとビスに人類の生存という希望を与えたD.J.アンナマリーのラジオ。
その放送局もフロリダにあった。特にビスは彼女と直接対面することに大きな
期待をかけていた……。 |
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アオの住む村のお祭り。毎年夏の終わりに行われ、災害の慰霊祭と収穫祭を兼
ねている。かつての宇宙センター設備を使い、簡易ロケットに村人の様々なメ
ッセージを託して打ち上げていた。そのひとつが月に到着したことで、タケル
の38万kmの旅が始まったのだ。 |
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アポロ計画時代からの発射場が海岸線ぞいに並ぶ。ひんぱんに宇宙船が打ちあ
がっていた時代を思い出させるものは他にないが、周辺には部品類が多数眠っ
ている。 |
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1961年に当時のアメリカ合衆国大統領J.F.ケネディが立案した有人宇宙飛行プロジェクト。10年以内に月面へ人類を送りこみ探査することを目的とした。1969年7月20日にアポロ11号が月面「静かの海」に着陸し、その目的を果たした。以後、1972年のアポロ17号まで合計12名の宇宙飛行士が月面を踏んでいる。アポロ18号は建造されたがキャンセル、機材はスカイラブ計画に転用された。タケルの名づけた「アポロ19号」は、これに続くものである。 |
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アオの村から見て北の方にある集落。実はワシントンD.C.のスミソニアン博物
館跡である。宇宙開発関係の展示物も多数あるため、ロケット再建造に必要な
パーツの宝庫だ。 |
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ガラクタ村に眠っていた建築作業用ロボットたち。動力伝達用のコネクタがビ
ークルと共用だったため、復活することができた。 |
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