2009年12月10日時点の情報です。

<特集>歴代の富野由悠季アニメを徹底紹介 「歴史」「作品集」「最新作」3つの視点から《富野アニメ》を浮き彫りに!
富野アニメの歴史
歴史の名作を徹底紹介
機動戦士ガンダム ファーストガンダム
ガンダム続編 1年戦争の果てに
拡大するガンダムワールド
スーパーロボットここにあり
異世界創出! リアルロボットワールド
世紀を超える新生富野アニメ!
オーラパワー炸裂! バイストン・ウェル
初のネット先行アニメーション「リーンの翼」
必見!全6話のみどころ
7つのQ&Aで疑問をクリア!
「リーンの翼」解説/アニメ評論家・氷川竜介
初のネット先行アニメーション「リーンの翼」
「リーンの翼」解説
 越境する物語「リーンの翼」 文:氷川竜介(アニメ評論家)
ブロードバンド先行配信アニメの先がけとなった「リーンの翼」(全6話) すでに話題騒然、富野由悠季の最新作たるこの作品が描こうとしたものは? 富野アニメの第一人者が、その「読み解き方」の一例を示す!
富野由悠季のライフワーク
リーンの翼』は作家・富野由悠季がつくりあげたオリジナル世界「バイストン・ウェル」を舞台にした壮大なサーガの最新作である。
機動戦士ガンダム』は未来の地球近傍の宇宙空間を主な舞台にしたSFであるが、このシリーズは異世界を丸ごと構築するファンタジーである。1983年の初出以来、アニメ、小説や童話など富野由悠季自身の手で数々の表現媒体でリリースされてきた。
ファンタジーとはいえ無軌道なルールで好き勝手な世界を構築するわけではなく、オーラという生命力をオーラマシンの原動力に使うという方法論は『ガンダム』同様に理詰めなところがある。その上で生命や魂のあり方、あるいは人と人のつながる壮大な因果の連鎖など、人間のより根源的な核心に迫っていく。
まさしくライフワークと呼ぶにふさわしい、必見の大作なのである。
「リーンの翼」より
「リーンの翼」より
パイオニア富野由悠季の新たなる挑戦
富野由悠季は開拓の人である。
30分連続TVアニメの最初の作品となった『鉄腕アトム』('63)から演出を開始。東京・大阪以外の地方局では初の名古屋テレビがキー局となった『無敵超人ザンボット3』('77)で総監督をつとめて『機動戦士ガンダム』('79)に至るまでの道筋をつけ、しかもその劇場版('81~'82)では全三部作の長尺による再演という快挙を成し遂げた(それまでのTVアニメの劇場映画化は1本が大半)。
そして『ブレンパワード』('98)は現在では当然になった有料放送の先がけとなり、劇場版『機動戦士Zガンダム』('05~'06)では20年前のフィルムと最新デジタル映像を融合。そして今またブロードバンド先行配信という時代の最先端となるこの『リーンの翼』で新たな境地に挑戦する。
注目すべきはこの不屈の開拓者魂である。それぞれの作品が、まったく前例のないエポックメイキングな驚きを備えていることは非常に重要だ。『リーンの翼』もそうした挑戦への意欲に満ちあふれている作品であることは間違いない。
「無敵超人ザンボット3」より
「無敵超人ザンボット3」より
「機動戦士ガンダム」より
「機動戦士ガンダム」より
越境の作家、富野由悠季
こうしたことをふまえて、『リーンの翼』の作品性を改めて一言で表現するならば、それは「越境の物語」と呼ぶことができる。「越境」とは2つの世界を隔てる明解な境界を超えること――そのとき発生する激しいドラマは、観客の心を強く引きつける。それはなぜなのだろうか?
振り返ってみると、富野由悠季監督作品では「越境する者」が物語の中心に位置することが実に多い。たとえば『伝説巨神イデオン』('80)。バッフ・クランと地球という2つの種族が接触して戦争が起きるが、運命に翻弄される人びとの中ではカララという女性がその種族の溝を乗りこえ、物語のカギを握る。あるいは『無敵鋼人ダイターン3』('78)。主人公・波嵐万丈は人類とメガノイドの間に立って戦うヒーローである。だが、彼こそはメガノイドの国・火星から宿命を超えて地球に飛来し、異形のサイボーグをつくり出した父の贖罪のために戦う孤高の人なのだ。
他にも事例は数多く見つかるはずだが、このようにして富野アニメでは2つの勢力ないしは種族がぶつかりあい悲劇が起きる状況下で、両者の間を越境しつつ悩み戦う人の姿が常に描かれている。
そして、『リーンの翼』で描かれるダイナミックなドラマも、まったく同じ系譜に属するものである。
「伝説巨神イデオン」より
「伝説巨神イデオン」より
「無敵鋼人ダイターン3」より
「無敵鋼人ダイターン3」より
侵入者たちが越境してくるもの
リーンの翼』でもっとも明白な越境とは、異世界バイストン・ウェルとこの地上界の境界の侵犯である。それは第1話からビジュアルで明瞭に提示される。 日本の岩国基地近辺に出現したオーラシップの飛翔する威容。盤石と思われる日常の風景を破って侵入してくる異世界のメカは、何らか剣呑な示威目的をもっている兵器であることを示し、同時に「この世のものではない」ことを連想させる雰囲気をたたえている。このバイストン・ウェルからの来訪者こそはサブタイトルのとおり「招かれざる客」で、こうして登場した越境者が以後の物語を転がしていく。
現実と地続きの日本の風景が異界からの闖入者で危地にさらされるという展開は、同じバイストン・ウェルを描いた『聖戦士ダンバイン』('83)の第17話「東京上空」の再来でもある。ただし、『ダンバイン』では異世界バイストン・ウェル側から物語を始めたのに対し、『リーン』では地上界側から語り始めたことで、現実のゆらぐ感覚はより大きなものとして迫ってくる。
次にキーとなるビジュアルは、昆虫のような機動兵器オーラバトラーの複雑な形状と、驚くべき戦闘アクションである。富野由悠季監督自身が3D-CGIという新技術で巨大ロボットを演出する映像はおそらく初だろう。透明な羽根を振動させながら空中を縦横に飛び交う誰もが見たことのない異色のメカニズム描写は、破綻なく精密に描かれることで、人間の関節構造では不可能なエキセントリックな戦いぶりを説得力豊かに提示する。 その点では、オーラバトラーもまた「越境者」なのだ。それは、日本人がすっかり陥ってしまった平和ボケあるいは自然破壊という風景に、いまだ世界の多くの国が陥っている戦乱という風景を提示して「平和と戦争」の境界を越えるものとして出現したものとも言えるし、映像技術的には作画による2D(平面)の世界とコンピュータによる3D(立体)の世界を越境していると捉えることもできる。
「聖戦士ダンバイン」より
「聖戦士ダンバイン」より
「リーンの翼」第6話より
「リーンの翼」第6話より
主人公2人の必然的な出逢い
このように「越境」というキーワードを補助線において観察を深めることで、作品の目ざすところも、かなり明らかになっていく。ふたたび登場キャラクターと物語に戻ることで、ドラマを構成する数々の相克の正体を探っていこう。
第1話で登場した金髪の主人公エイサップ・鈴木。洋服を来た彼がめぐり逢うのは、黒髪をいただき和装をたしなむ少女リュクスである。典型的なボーイ・ミーツ・ガールとも言えるが……よく考えてほしい。明らかな違和感がある。本来は日本にいる人間の方が和装で黒髪と描かれるのではないのか? この倒置は、いったいなぜ起きたのだろうか。
それは出逢った2人の出自が、そもそも「越境者」であったからに他ならない。 そう考えると、オーラシップの出現した場所の必然性も浮かびあがってくる。米軍基地のある岩国――そこは日本であって日本ではない場所だ。これもまた、地上界に歴然と存在する一種の異界からの越境なのである。オーラロードが「人の意志」の反映であるならば、そのような場所を選んで2つの世界をつないだ可能性も大ではないのか。
そして、エイサップもリュクスも、ともに隔たりのある2つの世界が結ばれて誕生した子どもで、やはり「越境者」である。だが、その生は喜びと慈しみを充分に受けたものとは言い難かったのかもしれない。エイサップの方は歴然と父母に対する反感を隠そうとしていないし、リュクスは父の野望を阻止せんとしてこのオーラロードを開いてしまった。その背後には、亡き母への思慕も秘められているようであり、彼らの出自の越境性が何らか影を落としている部分も少なくないのだろう。
だから、彼ら越境者2人が扇に対する「要」のように幾多もの関係性をつなぎとめる急所に位置すると見て、間違いない。それを念頭におきながら、2人の言動と周囲との関係性、その遍歴を全話を通じて見守ることで、さらに多くの発見ができるだろう。
「リーンの翼」第1話より
「リーンの翼」第1話より
「リーンの翼」第1話より
「リーンの翼」第1話より
「桜花」の言葉が意味するもの
ふたたびオーラロードが開かれ、舞台はいったん異世界バイストン・ウェルに移る。そこで出逢うサコミズ王が示すエキセントリックさは、彼もまた越境者であることを示し始める。
歌舞伎を思わせる彼の顔の隈取り。戦艦類に施された「キントキ」「レンザン」などアナクロとも思えるネーミングは、サコミズの故郷・日本へ帰還したいという強い望郷の念が選んだものだ。しかし、そこには奇矯さとザラついた感覚が漂っていて、その違和感はサコミズ自身のオーラバトラーの名前を聞いた瞬間に、頂点に達する。
オウカオー! そう、「桜花」とはサコミズが太平洋戦争末期に乗って出陣し、バイストン・ウェルへ流されるきっかけを作った火薬ロケット推進方式の特攻機の名前だ。操縦装置として人間を乗せ、不帰なれど必中を期すこの兵器は、実在した。一瞬だからこそ、短時間で精一杯美しく咲き散っていくという「桜の花の美学」を、こうした自爆兵器につけるメンタリティは、かつて日本人の心を確実に支配した。その象徴でもある。
個を尊重され過ぎた現代人には釈然としないかもしれないが、これもまた60年前に確実にあった日本の姿を、正確に投影したものとして迫ってくるものである。
ザラつきの正体は、そんな過去と現在が短絡して生まれた感覚なのだ。こんな考察で、サコミズが何を越境してきたかも自明になる。彼は現代の日本という国、日本人がどこかで置き去りにしたはずの「過去」を背負っている。 すなわち「時間」を越境してきた者なのだ。
「リーンの翼」第6話より
「リーンの翼」第6話より
「リーンの翼」第3話より
「リーンの翼」第3話より
現代日本の正体をあぶり出す鮮烈な映像
リーンの翼』は、こうしたいくつもの境界がこの世に実在していることを示し、境界を超えて往還する者の抱える矛盾や悩み、あるいは超えたことによる衝突を多層的に描いている。その面白さも、越境者各自の心の動きが絡みあうドラマから発生している。
最終2話に至って、これまで複合的に描かれてきた「いくつもの境界」とは、実は分断されたものなどではないということが改めて観客に提示され、激しい衝撃を与える。
サコミズが地上界に出て60年ぶりに見つめる首都東京――コンクリートで自然を固め、数々の生命を窒息させた虚飾の街の本質を、彼は一瞬で見ぬく。それも敗戦末期の崩壊とその中で戦ってきたサコミズの行為と無縁ではないのだ。
その関係が見せる驚きのピークは、第5話クライマックス――サコミズとエイサップがともに時空を漂流する際に目撃する太平洋戦争末期に日本を見舞った惨劇の光景だ。その死屍累々たる廃墟の上に現代東京の風景が築かれていると知ったときのサコミズの心中を想像した瞬間、これは「かつての日本」が時空を越境して「いまの日本」に復讐しにくる物語だという、驚くべき正体が明らかになる。
当時戦った敵のはずのアメリカ軍は戦勝国として日本各地に駐留しており、大日本帝国が敗北したという事実はあっても、戦争は本当の意味で終わってなどはいない。さらにはサコミズが招来しようとするオーラマシンのもつ軍事的制圧力は、アメリカ軍内の利にさとい一勢力に利用され始め、世界がさらなる惨禍に巻きこまれようとする発端が見えるに至り、境界で隔てられているとばかり思いこんだ「2つの世界」のすべては、気づきにくい「因果の連鎖」で結ばれていると判明する。
それと同時に物語は「もはや引き返すことは不可能」と思える盛り上がりを見せ始め、決戦のビジュアルが観る者を圧倒するのである。
「リーンの翼」第5話より
「リーンの翼」第5話より
「リーンの翼」第5話より
「リーンの翼」第5話より
急流のように激しいストーリーテリング
リーンの翼』とは、このような作品である。 富野監督は間違いなく本気であり、この上なく真摯に本作にアプローチしていることが、全6話から気迫として伝わってくるような激しい物語なのだ。 その迫力は必ずや観る者を圧倒するだろう。しかし、その一方でラストシーンの引き際の鮮やかさにも注目してほしい。これもまた「あっ!」と声が出るような驚きの閉幕が待っている。 そこに至るまでの急流のごとき感情の噴出、「序破急」のセオリーに則った鮮烈なストーリーテリングを、最期の余韻とともに一挙に味わっていただきたい。
<氷川竜介(ひかわ・りゅうすけ)プロフィール>
1958年兵庫県生まれ。アニメ特撮評論家として活動中。NHK-BS2『BSアニメ夜話』にレギュラー出演。連載は「月刊ガンダムエース」、「特撮ニュータイプ」(角川書店)、「スカイパーフェク TV ! ガイド」(東京ニュース通信社)など。主な著書に「20年目のザンボット3」、「フィルムとしてのガンダム」(太田出版)、「Z BIBLE」(講談社)など。
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