バンダイチャンネル

<月刊>アニメのツボ

UPDATE:2013.8.25

月一コラム「氷川竜介の“チャンネルをまわせ!”」公開中!


TVのチャンネルを回すように、予想しない雑多なネタと出会ってみたい。
業界の旬なトレンド、深いウンチク、体験談などを満載。
アニメ評論家の第一人者ならではの、ユニークな視点でつづる月一コラム。
心のチャンネルを回せ!
新連載のスタートです。作品紹介というよりは、もう少しエッセイ寄りに「いま考えてること」を書いていこうと思います。

このタイトルを決めた直後、韓国メーカーLGから「チャンネルを回すLEDテレビ」として「クラシックテレビ」が発売予定というニュースが入ってきて、驚きました。世界的にも「チャンネルは回すもの」だった証拠で、そこに価値を示す意味を改めて考えてみます。

チャンネルを回していた時代は、1960年代、1970年代から1980年代中盤くらいまでだと思います。「お茶の間」という言葉が生き生きとしていてTVがその中心にあり、ビジネス面でも家庭内でもTVは重要な役割を果たしていて、強大なパワーが集中していました。番組視聴もリアルタイムの真剣勝負で、お父さんは野球見たい、妹は歌番組を見たい、でも僕はアニメだけど……という時に、「チャンネル権」という大げさな言葉が出るほどの価値がありました。

「チャンネル争い」でガチャガチャとチャンネルを回しまくっていた記憶で思い出すのは、一瞬写っていた途中の局です。断片とはいえ目的の番組以外の情報も目にはいってきて、学生運動が盛んで警官隊と衝突してるとか、公害がいまこれくらいヒドイとか、目をそらしたくなる社会情勢も飛びこんでくる。オトナ向けドラマの禁断のクライマックスが見えたりする。その偶然性が良かったんです。世の中全体が大海のように波打ち揺れて激しく動く中に、アニメは浮き草のようにして放送されてるんだという実感もありました。だからこそ、その中から激しく共鳴できる作品を見つけたいという気概もありました。

こういう偶然性がいつぐらいからなくなり始めたのか? それは1980年代前半、TVに「リモコン」が標準添付されるようになってからです。変化はアメリカから来ました。数字のボタンを押すと、4チャンネルから10に飛び、今度は6から1へと、瞬時に飛べるようになって名づけられたのが、「ザッピング」という新しいTVの視聴方法だったのです。

「ザップ(ZAP)」というのは、アメリカンコミックなどで古くから光線銃(レイガン)の擬音として定着した言葉です。つまりTV番組がちょっとでもつまらないと、TVのところまで足を運ばなくても、座ったままリモコンという光線銃で撃ち殺し、他のチャンネルへ直接飛んでしまう。ユーザーが空間的にも時間的にもTVに支配されていた時代が終わり、視聴がバラバラに解体し始めました。これと同時期にビデオデッキが加わって、TVとユーザーの関係にとって大きな変化が訪れます。

たとえばいまバラエティ番組でCM明けに直前情報を繰りかえしたり、音声を字幕で補強したりしていますが、それもザッピング以後、番組の作り方が「瞬時でつかむ」ように大きく変わった果てにあることですね。

とまあ、こういう流れで「好きなものしか見ない」という今に至るユーザー主権の時代が始まったわけです。ムダな時間がない。必要な情報だけが得られる。それはそれですごく利便性があるし、時代の進化です。

でも、そうやってムダをなくしてどうなったかと言えば、良いことばかりではないんです。ますますムダをなくし、必要な情報だけを懸命に取ろうとして焦った果てに、ちょっとでもムダに遭遇するとキレる。そんな余裕のない日々となっていたりしませんか?

あまりにも情報に追い立てられるようになって疲れを感じたら、あえて偶然性の入ってくるような行動をとってみることも必要かなと思います。心の中にチャンネルを持ち、自分で回してみるということ。それはどんな行動なのか、考えてみるのも、たまには良いのではないでしょうか。

では、また次回。
PROFILE
アニメ評論家 氷川竜介
1958年、兵庫県姫路市生まれ。東京工業大学卒。
サラリーマン経験を経て、現在はアニメ・特撮を中心とした文筆業。