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UPDATE:2015.5.25

業界著名人がアニメ作品をオススメ!

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北斎の娘・お栄の人物像
――主人公をお栄にしたことで、彼女の女性らしさも映画の軸になったように思えました。多少の色恋も絡ませつつ、というあたりですが。
でも、それは原作にある部分なんですよね。お栄がまだ男性経験がなくて恋には不器用なキャラクターであるってことは、杉浦さんの原作で描かれていることですから。そこはそのままです。
――映画にしていくとき、他はどういう規準でエピソードの取捨選択をされていったのでしょうか。
『百日紅』って原作は、僕にとっては、ほぼ完璧な原作なんです。つまらないエピソードがひとつとしてない。ただ、それを映画にするときに全部を活かすわけにいかないじゃないですか。だから「どのエピソードを使おうか」というのは、本当に悩みどころだったですね。
――泣く泣く落としたエピソードがあれば、教えていただけますか。
そうだな……。歌麿の元愛人が死ぬ話なんかも良かったですけどね。とにかく要らないエピソードはひとつもないんです。それぐらい完成度が高いと思っているので。
――今とは違う江戸のいろんな風俗、生活を改めて映像にするとき、何か新規に資料を集められたりしたのでしょうか?
調べはしたんですけれど、もちろん杉浦さんほど分かっている人はいないわけですよ。だから結局は原作が手本、原作が教科書だという意識でつくっていました。
――江戸研究家として書かれた杉浦さんの本なども参考にされたりしましたか。
杉浦さんの本も読みましたし、他の漫画作品から借りてきたエピソードもあります。さっきの話に出たお栄とお猶の雪のシーンでツバキの花が出てくるのは、杉浦さんが他の本で「ツバキが大好き」というのを書いていたので、それでああいうエピソードをオリジナルでつくったんです。
――だとすると、この作品を入り口にして杉浦さんの世界の全体が見えるように、みたいな想いもあるわけですか。
そうですね。
――花をふくめた自然物は、いっぱい描写されていますね。花の「百日紅」ふくめて。
杉浦さんの原作が季節感をすごく大事にしているので、そこは映画も大事にしたいなと思って。ただ、原作では百日紅の花は1回も出てこないはずです。
――その意味は何なのでしょうか?
杉浦さんご自身が書かれている解説文がありまして、つまり百日紅というのは北斎の象徴なんです。百日間も花を咲かせ続けるって、まるで北斎みたいだねという。
――その娘お栄の魅力とは、監督から見てどの辺にあるのでしょうか。
杉浦さんもたぶん、お栄ってキャラクターにはすごく惹かれていたかと。この『百日紅』の原作では、ご自身を一番投影していたキャラクターじゃないかと思うんです。僕も実際にお栄のことを調べてみましたが、たまたま偉大な絵師の北斎という人の娘に生まれてしまって、自分にも絵の才能がたまたまあって。北斎みたいな人が身近にいると、おそらく普通の女性の生き方はできなくなった人なんじゃないかなと。幸か不幸か……。そんな感じだったと思います。
――モダンな感じの音楽も、お栄に似合ってましたね。
この作品では、まずロックを使いたかったんです。それは、杉浦さんがロック好きだったから。江戸の漫画を描きながら、よくロックを聴いていたらしいんです。それを知っていたので、「映画はいきなりロックで始めようか」と思って。
――この絵師たちの常識にとらわれない生き方が、ロックっぽいという感じで?
そうですね、お栄はロックな娘ですからね(笑)。
――容姿の点はどうでしょうか。原作では「アゴ、アゴ」と呼ばれ、北斎にあまりご面相が良くないことを言われていますが。
そこは、資料にも書いてあるとおりのことなんですね。ただ、「今回の映画の主人公はやっぱりお栄だな」と決めたとき、「だったら、ちょっとは美形にしたいな」と思ったんで、杉浦さんには大変に申し訳なかったんですけど、変えました。
――原作もちょっと眉が太めに描かれていますが、アニメのキャラクターではより強調されていますよ。意志の強さをすごく感じさせますが、そのあたりはやっぱりお栄の生き方を意識されましたか?
しましたね。だから美形ではあるんだけど、どこか1カ所残念なところが欲しかった(笑)。
――キャラクターデザイン段階では、どんな話し合いをされたのでしょうか。
板津(匡覧)くんには、まず僕の方から「ちょっと美形にしようよ」というお願いをして、最初はもっと原作に近いキャラクターを描いていたんですけれど、だんだん美形にした上で「眉毛を太くしようよ」と言って、今のかたちになっていきました。
――あの時代を駆けぬけたという点で、お栄は強烈な印象を残しています。
最後にテロップでも出しましたが、一回嫁いだけど別れて出戻って、死ぬまで北斎と暮らしたというのは、事実なんです。彼女がその後、どこでどうなって死んだかというのは分からない。
葛飾北斎の生きざまと江戸の風景
――記録に残ってるかどうかは、どう調べられたのでしょうか。
北斎研究では一番もとになっている『葛飾北斎伝』という本があるんです。明治時代に出されたもので、今でも読める本なんですけれど、そこに書かれていることばかりなんですね。お栄がある日、北斎の絵にキセルの火を落としてダメにしちゃったというようなエピソードとか。あるいは北斎は酒もタバコもやらず、甘いものがとにかく好きだったみたいなこと。ただしお栄は酒もタバコもやるし、顔の特徴で「アゴ、アゴ」と呼ばれていたというようなことも、みんな書かれています。
――浮世絵は当時のポップアートですから、そういう点ではアニメに結構近いところもあるのではないでしょうか。
そうですね、「1枚ナンボ」みたいな感じで、絵を売って生計を立てていた人たちだと僕は思っています。おそらく北斎やお栄には、アーティストみたいな意識はあまりなかったんじゃないかと。その点は、たしかにアニメーターに近いですね。北斎って人は、もちろん当時から有名な絵師ではあったけれど、年中お金に苦労していたらしいし。
――「江戸っ子は宵越しの銭は持たねえ」みたいな感じですか?
著作権とかなかった時代ですからね(笑)。1枚描いて渡して「はい、いくら」と代価をもらい、生計を立てている。日々の支払いにしても、ものすごくアバウトにお金を払ったりしていたらしい。請求額より何倍も多いようなお金を無造作に渡し、相手が「えっ、こんなに。しめしめ」といって持って帰る。だから、気がつくとお金が無くなっている。そんな状態だったらしいです。
――実に豪快ですね。そんな北斎の魅力は、どういうところに感じていますか。
よくもあんなに描き続けたなということですかね。北斎って、現存する絵だけでものすごい量なんです。これは本当に、毎日毎日朝から夜までずっと絵を描き続けていたんだろうなと。当然、失われてしまった絵もたくさんあるはずなんです。
――江戸ということでは、全編通して橋が印象的に描かれていました。何か象徴的なものがあるのでしょうか。
その理由も、両国橋が原作でたびたび出てくるからなんですけどね。ただ、今の橋と当時の橋って、やっぱりちょっと意味合いが違うんです。とりあえず歩いてこっち側から向こう側へ渡るという、みんなが通る場所なんです。当時は今よりも隅田川にかかっている橋も少なかったので、かなり重要な場所だったんじゃないかと。
――なるほど、江戸の生活に密着してたものなんですね。
橋の上で商売していた人たちもいましたし、当時の橋の構造としてはアーチ状になっていますから、渡り始めと橋の中ほどで視点が変わるというのも面白いなと。
――たしかに、最初と途中で見える江戸の風景もちょっと違ってくる、みたいな。
そうそう、それです。
――それと、出会いの場所みたいな感じでも使われていましたね。
江戸という都市は、町人たちの住むエリアがものすごく限られていたらしい。そこにものすごい数の町人たちが住んでいたわけですよね。だから、きっと今より偶然に会うという機会も、すごく多かったんじゃないかと。
――すごい密度感で暮らしていたんですね。火事を避けるために道幅は空けてあるけれど。
だって今や世界的なアーティストとして名高い江戸の絵師や作家たちって、みんなだいたい近所に住んでいたわけですよ。
――人間関係も距離的にも、濃密だったと。
当時は結局歩きじゃないですか、みんな基本は。だから、やっぱり歩いていけるところに大体みんな住むようになるわけです。
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