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UPDATE:2017.5.2

業界著名人がアニメ作品をオススメ!

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ハードなSF世界観と孤高のヒーロー
――いよいよ映画『BLAME!(ブラム)』が5月20日から公開となりました。弐瓶勉ワールドをフル3DCGアニメでという挑戦のきっかけとなった『シドニアの騎士』も、バンダイチャンネルの見放題配信にはいる(2017年5月2日時点 見放題配信中)ということで、両方に深く関わられた瀬下監督にぜひお話をうかがいたいと思います。
瀬下
ありがとうございます。嬉しいです。『シドニア』のスタッフに、滝口比呂志さんなど新たに強力なメンバーを迎えて、大好きな弐瓶勉先生の作品を楽しく作らせてもらった映画が『BLAME!』なので。
――完成して公開を待つばかりと思いますが、手応えはいかがですか?
瀬下
スタッフみんなとのワルノリの延長で作ったものが出発点ですから、それが劇場用作品にしてもらうというのは大変ありがたい状況です。なので若干不謹慎な言い方かもしれませんが、自主制作的なアプローチで商業映画に取り組ませていただいて、大変楽しかったというのが、正直なところです。
――出発点は『シドニア』の劇中劇ですよね?(『シドニアの騎士 第九惑星戦役』第8話に出てくる『BLAME! 端末遺構都市』)
瀬下
もともと原作で弐瓶さんの別作品を劇中劇として観ている描写がありました。それは別作品でしたが、ウチ(ポリゴン・ピクチュアズ)のエグゼクティブプロデューサーの守屋(秀樹)が「どうせなら『BLAME!』にすれば?」って言い出したんです。それで弐瓶先生も僕も面白がってしまい、キングレコードさんにご理解いただいてBlu-ray特典にできるなら予算的にも大丈夫ということで、別ラインの少数スタッフで制作してみました。テレビに流したのは40秒ぐらい、特典は1分半ぐらいで。
――反響はどうですか?
瀬下
僕たちにとっても待望のタイトルなのでワルノリが加熱して、本編よりも……ホントに微妙な違いなんですが、クオリティ感が上がって見えてしまったんです。そうしたら社内外の関係者がこれをパイロットフィルム的にとらえて、「劇場用にできるんじゃないか?」って機運が一気に盛りあがり、気がついたら「えっ? やってもいいんですか」って状態になってました。プロデューサーは最初から戦略的だったと言っていますが。
――ものすごく面白いです。実は私、講談社さんとはご縁があって2003年にWEB配信版『BLAME!Ver.0.11』、つまり最初のアニメ版の推薦文を書いてるんです。
瀬下
そうなんですか。さすがですね。
――世界観だけを見せるPVみたいな感じでしたが、当時からものすごく難解という印象がありました。
瀬下
そうなんです。過去にも何度かアニメ化が進んだものの、かなりマニアックな作品でもあって、「商業アニメ化は無理」みたいな伝説ができてしまい、気がついたら20年経っていた作品なんです。だからこそ、劇中劇みたいにワルノリが許されるパートなら楽しくできるだろうと。その着想は今回の劇場版の原点にもなっています。
――原点というと?
瀬下
「ハードコアなサイバーパンクSF」という壮大でマニアックな世界観が魅力な一方で、それが一般層の拒否感をまねいていたと思うんです。そこで改めて僕らは霧亥(キリイ)を『男はつらいよ』の寅さんみたいなヒーローと捉えてみたんです。旅の行く先々で事件に巻きこまれ、なんとなくの結末を迎えて、次の展開へとまたさすらっていく。加えて、僕はセルジオ・レオーネが好きなんですが……、
――映画にウエスタンの匂いは感じましたね。
瀬下
…そうなんです。そのオマージュでもやってみたいなと。映画少年のまま大人になったので(笑)最近でもジョージ・ミラーが待望の『マッドマックス フューリーロード(怒りのデス・ロ-ド)』を作ってくれて、好き過ぎて何回も劇場に行きました(笑)。ああいう、ある意味クラシックで王道な映画に対するあこがれが強いので、それをハードSFとうまく融合させられないかと。シンプルなログライン(物語を説明する短文)、豊かな世界観の装飾、印象的なメロディと共に登場する主人公…というクラシックな構造にしたら、若い人にはきっと見たことがないものになるだろうし、間口を広くして、弐瓶作品の入門編になればいいなと。
――名無しの流れ者みたいな西部劇、時代劇は一世を風靡してますから、物語としてパワフルですよね。
瀬下
まさに西部劇で(笑)、一本橋に通りすがったら死体みたいなものがあり、構えてみるけど動かない。通り過ぎようとすると、それがゆらりと動き、振り返りざまに撃ち合う。劇中劇のほうはそんなパロディ的なノリのウエスタンの構造にして、でもすごくクールなルックとしても作り込みました。完成したときはその王道のカッコよさ、洒落とか楽しさのあまり、スタッフ達と笑いながら盛り上がりました。今回の劇場版もクールで壮大な弐瓶先生の世界観はたっぷり残しつつ、その中で霧亥がリアクションなしで3秒くらい沈黙を続けたら、ちょっとクスッと笑ってほしいような、そんなファン的な目線でつくっています。
――映画化に際して考えられた工夫は、他にもありますか?
瀬下
色々あるんですが、劇中劇版から一貫して「火の粉」をキービジュアルにしています。主人公の霧亥は「重力子放射線装置」という早口言葉みたいな銃を持っています。あの世界で貫通できないものはないという最強のガジェットです。
――霧亥以外には持てないロストテクノロジーという点にヒーロー性もありますよね。
瀬下
そうなんです。それを派手にぶっ放した後、これもちょっとクスッとするくらい大きな穴があく。それも遠く、はるか向こうの方までいくつもあくんです(笑)。切断面は金属が赤熱したままチリチリと火の粉として舞い散り、その中に霧亥がたたずむ。このキービジュアルを、ふんだんに入れています。これも言葉遊び的なシャレとクールなビジュアルを重ねています。「いつも火の粉が降りかかる男」な感じです(笑)
原作者と煮詰めたシンプルな物語構造
――原作は長大ですが、どのようにして一本の映画にまとめられたのでしょうか。
瀬下
弐瓶先生はホントに気さくな方なんです。映画化の話が出たときも、「えっ、やめといたほうが。あれは難し過ぎて、解りにくいですから」なんて面白すぎるリアクションがあって(笑)。弐瓶先生と僕とプロデューサーとメインスタッフで話し合ったときも、先生ご自身から「簡単にしましょうよ」って言い出し、僕は「西部劇にしたい」って言い、まるで映画同好会みたいな楽しいミーティングになりました。
――お話として、軸にしようと思った部分は何ですか?
瀬下
霧亥の流浪と戦いは重要な骨組みですが、どう肉付けするか考えたとき、これはやはり共感しやすい人間ドラマだろうと。もちろん人間の匂いのしないハードでクールな世界が弐瓶先生のエッセンスですが、初めてご覧になる方への入門編として、原作の中でも数少ない「人の暮らし」を描いている「電基漁師」の部分に注目しました。地下世界で懸命に生きようとするけど、1ヶ月もしないうちに餓死してしまう状況に追い込まれた集落。そこで何とか食料を得ようと考えた子供たちが、大人に無断で危険な場所へ出向いてしまう。危機に巻き込まれたとき、「ネット端末遺伝子」を求め、永劫の時を聖杯探求的に放浪しているひとりの男、霧亥と出会い、集落の運命が展開していくという、実にシンプルで王道的な構造にしてみたんです。
――「こんなに大衆的な物語だったかな?」と、ひさびさに原作読み返したら、1巻からして全然違うんで「やっぱり」と。
瀬下
(笑)。重要なのは弐瓶先生自身から「もっと分かりやすく」とおっしゃっていただけたことですね。そんな先生自身が前のめりに制作に参加していただいて、僕らの考えと化学反応が起きた結果、あのシンプルさが実現したということです。
――西部劇の要素のほかにも、「黒澤明っぽいな」とも思いました。
瀬下
あ、分かっていただけましたか。実はオマージュ多いです…(笑)。
――『七人の侍』(54)みたいに困った村人が出かけたら『椿三十郎』(62)に出逢ったみたいな。
瀬下
完全にバレてますね(笑)。音楽面でも、作曲家の菅野祐悟さんに「エンニオ・モリコーネ(マカロニ・ウエスタンなど映画音楽の大作曲家)のように、一度聞いたら忘れられない印象的なフレーズ、映画を観た後、それが流れた瞬間に頭の中で霧亥が登場する、そんな曲を作ってください」とお願いしたら、想像を超える素晴らしい曲が上がってきまして。僕もスタジオ出社時は、その口笛で登場する事が多くなりました(笑)。
――映画音楽はメロディアスな方向から離れてますから、それは嬉しいですね。
瀬下
昨今のハリウッドは、リフを刻む環境音的な劇伴が多いですよね。でも、あえてクラシックな、場面やキャラクターを想起させる印象的なメロディという方向にしました。僕たちがあこがれていた時代の映画のエッセンスを詰めこんでいます。スタッフ全員が前のめりで取り組んで、楽しませてもらっていて、「自主制作映画ですいません」な感じです(笑)
3DCGの生み出す空間で物語る手法
――映画の尺は、どれくらいですか?
瀬下
105分です。シンプルな筋書きのお話と、壮大な世界観、とにかく派手なアクションを、コンパクトな尺に詰め込みました。
――『シドニア』1期の後に『亜人』の劇場版を観たとき、「3DCGアニメは映像で物語るツールとして飛躍の時期を迎えている」という新鮮な感動があったたんです。
瀬下
それは嬉しいです。まさに僕たちの目指している事ですから。「映像という言語」で「物を語る」上で、CGの利点とは何かを常に意識しています。
――そこにものすごく興味あります。
瀬下
僕が3DCGを始めてもう30年ぐらいになりますが、手描きアニメの味にはまだまだ太刀打ちできません。ただ、3DCGは、物語の空間を作り込むというか、その場所で暮らせるんじゃないかとか、そこに行ってみたくなるような空間性を獲得しやすいツールだと考えています。ミザンセーヌ(言語以外で視覚的な意味や魅力をもたせるもの)に力を入れて、場面という空間自体を劇的に語れる「物」にする。そこに3DCGを活用しているんです。つまり、すごくドラマチックな出来事が起こりそうな説得力を、空間そのものの工夫で高めることができるんです。それは大きな武器なんですね。
――それはどの段階で盛りこむのでしょうか。
瀬下
僕のチームの作り方では、まず物語全体のプロット作ります。何分に1回プロットポイントがあるかなど、徹底的に分析してプロットのストラクチャを作り上げます。このプロットを作りながら、脚本よりも前にラフな場面設計を始めます。楽観的な合い言葉として、よく言い合ってるんですが「場面が面白ければ、なんとかなるだろう」と(笑)。まず、すばらしい場面(シーン)をつくってから、個々の画面(ショット)を作るという考え方です。場面設計では、「ここではこういう出来事(ストーリーとドラマ)を起こしたいから、こんなドアのある場所にしよう」と、ある程度作品全体の場面の概要を作り上げてから、脚本開発へと進めていきます。
――脚本が後になるという順番は、ものすごく興味深いですね。
瀬下
その脚本は、社内的には「スクリプト」と呼び、感情線やダイアローグ(会話劇)はそこで作ります。脚本を作ってからは、場面設計とステージング(配置演出)を加え、登場人物を、どのような舞台上で、どう配置し、どう運動させるか、それを脚本に盛ります。それをスタジオ内では「台本(スクリーンプレイ)」と呼称して、便宜的に脚本と分けています。順番を整理すると、プロット、場面設計、スクリプト、スクリーンプレイです。そこからプレスコ(声を先に収録する工程)に進みますが、僕が書いたト書きだらけで、ものすごく分厚くなった(笑)スクリーンプレイを渡し、画はなしで、シチュエーションやエモーションは細かく口頭で補足します。「このそばに扉がありますから」とか、まるで、まだセットがまだない舞台稽古のようなノリで、役者さんの演技を引き出しつつ、セリフを収録していきます。
――画ではなく、役者さんの想像した空間から演技が触発されるのはすごいです。
瀬下
そうなんです。役者さんの想像力がすごくて。助かっています。そのプレスコで録った音を、まず先に編集します。これも良く使っている合い言葉ですが、「ラジオドラマとして面白ければ、画がついたときには必ずそれより面白くなる」という楽観的な戦略です(笑)。その編集が終わった後に、やっとストーリーボードを作る。ストーリーボード(画コンテ)はプリプロでも最後の段階になるんです。これらは僕らの独特のやり方ですし、作品の特徴でもあります。そして、われわれのメソッドにおいて、ストーリーそのものやストーリーテリングこそが、最も重要だと位置づけています。「物を語る、物で語る」ということです。
――『BLAME!』の場合だと、クライマックスはものすごい高低差を設けた空間にしようみたいに、舞台を先に考えているということでしょうか。
瀬下
そうです。「最後にこういうことをしたいから」と逆算します。「ここにたどり着くためには、あらかじめここに橋を設けておこう」という考え方で場面設計をしているんです。
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