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UPDATE:2015.9.25

業界著名人がアニメ作品をオススメ!

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アニメ業界への関心、そのきっかけ
――この連載では、クリエイターのみなさんが子どもだったころのアニメ体験もうかがっています。西村監督の場合、いかがでしたか。
西村
子どものときからテレビがあった世代ですから、もちろんアニメも楽しんで観ていました。ただ、クリエイター的目線となると『宇宙戦艦ヤマト』(74)の存在が、かなり大きいです。TVシリーズから好きで観ていた作品が「映画」という別の媒体になったことで、ショービジネス的なことも意識し始めましたし。
――1977年に『ヤマト』が映画になったとき、やはり「アニメが変わる」という感覚を抱かれましたか。
西村
ええ。『ヤマト』以前の「テレビまんが」と呼ばれていた時期は、こまっしゃくれた子どもだったのか、「どうも出来がよくないな」なんて思ったりしてました(笑)。一時期はアニメよりもむしろ特撮を多く観てまして、中でも『帰ってきたウルトラマン』(71)は大好きでした。それが『ヤマト』以降、今では名作と呼ばれる作品が続々と出てきて、それでアニメに戻っていった流れだったと思います。
――『ヤマト』はスタジオ・ライブを設立した芦田豊雄さんがメインの作画監督を務めた作品でもありますが、入社されるきっかけとか?
西村
いえ、亡くなった芦田さんには大変申し訳ないんですが、そういうわけではなく(笑)。最初に業界へ入ろうと思ったときはサンライズさんに行って、「作画の仕事をもらえないか?」と聞いたんですが、あっけなく断られてしまい。とは言え、いくつか作画会社の連絡先を教えてもらった中にスタジオ・ライブがあったということなんです。ただ、もちろん社内には芦田さんに憧れて入った方がかなり多かったです。
――『ヤマト』では、どんな部分に興味を覚えられたのでしょうか。
西村
これはもう他にいろんな方が語ってるとおりで、とにかくメカ表現が飛び抜けていたということです。「何をすれば、こう見せられるんだろう?」みたいな。当時はまずメカ表現に面白さを感じていたから、同じような理由で『サンダーバード』も大好きでした。「このサンダーバード2号の模型はどんな風にできてるだろう?」みたいな。
――小さいころから絵はよく描かれていた方ですか?
西村
絵を描くのは大好きで、よく授業中にチマチマ描いたりしまして。ただ、今考えてみると、その年齢ならもっとうまく描けてる人もたくさんいたはずで、僕はとても下手なので、たいしたことなかったです。そもそもデッサンを知ったのも高校入ってからですし、アニメ業界に入ろうと東京デザイナー学院に入学したものの、当時の自分には「よくそんなレベルで絵描きを目指そうと思ってたな」と説教したくなるぐらい下手でした。
――でも「アニメをつくりたい!」という強い想いはあったわけですよね。その気持ちが高まったきっかけは?
西村
それは中学のときに劇場版『銀河鉄道999』(79)に衝撃を受けたことですね。同世代の方がよく言ってるように、あの作品はやっぱり特別なんです。恥ずかしくなるような言い方をすると……「何か違う未来がこの先にあるな」と思えた。自分も歴史に名前を刻めるような特別なことができるんじゃないかと。それでこれも同世代には多い体験だと思いますが、高校1、2年ぐらいに『DAICON 3』(日本SF大会)のオープニグアニメに衝撃を受けて、漫画アニメーション研究部で自主制作アニメをつくりました。
――なるほど、具体的な目標を見せられて、より想いが強くなったと。
西村
「アマチュアでこれだけのものをつくれるのか」というショックですね。ちょうど10代後半から20代にかけて、アニメーション表現の新しい可能性をまざまざと見せつけられた世代というわけです。なので去年放送されたドラマの『アオイホノオ』も、とても楽しく拝見しました。
――専門学校に入られてからは、どんな作品を作られましたか?
西村
中退してしまったので、これといった作品は残していないはずです。『アオイホノオ』の中でも言われてましたが、当時「中退するとビッグになれる」という風潮があったので……。
――卒業するまでいるとダメなんだ、みたいに?
西村
そうそう。実際は因果関係が逆転してるだけなんですけど(笑)、とにかく在学中から積極的に業界に飛び込むことが良しとされていた。だからスタジオ・ライブにツテができたので、半年ぐらいで中退してこの業界に入りました。
――そもそも先にサンライズの門を叩かれた理由は?
西村
同級生に竹内浩志がいて、同じスタジオ・ライブに入ることになるんですが、彼と「とりあえずサンライズに行こう!」みたいに、実に軽いノリで(笑)。
――でも、それが長いキャリアにつながるわけですから、やはりご縁でしょうか。
西村
そうですね。今でもスタジオ・ライブで仕事をさせてもらっていますから、最初から良いアタリを引かせてもらって、運が良かったです。
ライブで学んだアニメーターの心得
――当時のライブでは、どんな作品を受けていたのでしょうか?
西村
レギュラーは主に東映(東映アニメ)とサンライズ作品です。東映では『とんがり帽子のメモル』(84)や『Dr.スランプ アラレちゃん』(81)、サンライズでは『銀河漂流バイファム』(83)が終わって『超力ロボ ガラット』(84)という時期で、最初に仕事をもらったのも『アラレちゃん』か『メモル』だったと思います。
――実際にプロのお仕事をされて、いかがでしたか?
西村
アマチュアで培ってきたアニメーションの方法論や知識があったので、動画の作業もおおかた想像どおりでした。アニメーターとしての技量が足りていないことは重々承知していたので、修練の日々になることも予想通りです。ただし、経済面は想像していたのとだいぶ違ってました。
――それはどんな部分でしょう。
西村
当時はスキルを上げるため、とにかく懸命に仕事をこなしてたわけです。でも今にしてみれば、若いうちから生産性やコストを意識すべきだったなと思う部分が多い。なので今の若い人にも「フリーランスでやるなら、大会社の社長と同じですよ」と、事業主としての意識をぜひ持ってほしいなと。単にコストだけでなく自分の生活や人生をどう守るかなど、すべてひっくるめて意識するということですね。
――つまり採算度外視で一生懸命やり過ぎていたと?
西村
若いうちはある程度それでOKだし、自分の能力を周りに示すためにコストを度外視してやらざるを得ない部分も当然出てきます。ただ、業界全体がそのあたりに頼り過ぎてる面もあるんですね。情熱は仕事の質にもつながりますけど、もう少しバランスをうまくとることの意識は必要だと思うんです。
――その一方で、当時スタジオ・ライブといえば、アニメ雑誌でユニークな企画を続々と打ち出していて印象的でした。お騒がせと言うか、目立ってましたよね(笑)。
西村
当時の芦田社長がプロレス好きなんで、いろいろとくだらない企画をたくさん出してましたね(笑)。すごく意識されていたのがビートたけし、つまり僕たちって、たけし軍団だったんです。
――その説明は、ものすごく腑に落ちます(笑)。
西村
だから「芦田豊雄と周りにいる若いヤツって面白いぜ」という企画を次々にやってくことになり、僕らとしては「どうなんだろう……」と半分思いつつも、「社長が言うなら面白いはずだ!」と悪ノリを手伝うという(笑)。
――なかなか強烈な経験だったのではと。
西村
「アニメーターは芸人だ」が芦田さんの持論でした。要は「アニメーターは描いた絵を世間様に観てもらって、それでウケを取る。恥ずかしがってても仕方ないだろう」ということで。たしかに面白さって恥ずかしい部分も込みですから、余計な自意識を取っぱらう良い訓練にはなったかなと。内心では「こんなのムチャクチャだ!」と思ってましたが(笑)。
――その後の西村さんの作風にも、なんとなく通じるものがあるのでは?
西村
そうですか(笑)。自分ではよく分からないですけど……。
――たとえばノリのいい呼吸の感じとか。『うしおととら』もそうですし。
西村
なるほど。たしかに関西漫才的なテンポの良い会話は、カッティング(編集)で意識していますね。「この会話、あらかじめ仕込んでるんじゃない?」みたいな。
――ボケ、ツッコミなんですね。そこが「アニメーターは芸人だ」という言葉にも通じているなら、興味深いことです。
西村
とくに演出業をやってると、「これは芸なんだ」ってことは強く実感します。自信満々でやったのに全然ウケなかったり、「前回ウケたのにおかしいな……」みたいなこともたくさん起こるわけで。それでも失敗を恐れず挑戦していかないと、職業として成立しない。そういう部分は共通していますね。
――話は戻りますが、動画から原画になられたのはいつぐらいですか?
西村
『ハイスクール! 奇面組』(85)やアニメ版『仮面の忍者 赤影』(87)あたりです。原画と動画とは全然違ってて、絵を描く基本的なスキルがとにかく足りていなくて、画面構成もまだよく分かっていなかったし、デッサン力など含めて力不足を痛感する日々でした……。それがアニメーターから演出家へ転向していく動機にもなっています。最近は平均的な画力は上がってて、スタジオの若い子も、ものすごく絵がうまいので、「かなわないなー」と。ただし「これ何時間で描いた?」っていうのは聞いてみたいです。
――やはり絵のうまさだけでなく、スピードや生産性も意識すべきなんですね。
西村
そこまで意識しないと、アニメーターとしては厳しいでしょう。もしも家庭をもつならば最低限のお金は必要になってきますし、そのためには量を描かなければならない。その量産を可能にするのが、基礎的なデッサン力やスピードなんです。そんな意識は、ぜひもってほしいです。
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